ばらいろのウェブログ(その3)

ひびのまことの公式サイト→ https://barairo.net/

Bプロ:男子であること、胸があること

 大盛況だということで、まずこういう「典型的GID」とは異なるラインでのFtM/FtX系の集まる場の東京での少なさと必要性を確認。関西では、「典型的GID」のラインとは異なるトランスジェンダーの権利主張の方向の運動の方が歴史的に強く、というか、取りあえず自覚的な人達は確信犯的にトランスジェンダー路線を(少なくとも過去は)とっていたので、そういう歴史の強い関西と、GID路線の強い印象のある東京の差を再確認(そして思い出すのは、特例法制定の時のいずみちゃんの厳しそうな表情)。
 企画終了後に、「映画はフェミニズムの視点が沢山入っていたのに、その後のトークではフェミニズムの観点からの発言がない!」さときんから激しく意見をもらったんだけど、私も事実としてはそうは思います。ただ現実問題として、それが今の若いFtM系の人の現実な訳で、まさにそういう人向けに、フェミニズムの視点が入った映画を見もらって、フェミニズムの運動の考え方はトランスジェンダーにとっても使える道具なんだということを知ってもらったり、もしくは少しでもフェミニズム的な考え方に「肯定的な形で」触れる機会になれば良いのでは、くらいに私は思いました。例えば私や他の人がパネラーで入ってフェミ的な視点で発言したりしても良かったんではあろうけど、でもそれよりも、FtM系の人達自身の発言と共感のために時間が使われること(自助的要素)の方が優先されることに私は同意した、というのが、主催側の人としての私のいい訳。今度はどこかで(あそこで!)、「男子であること」をネタに、フェミニズムの観点から、じっくりトークをしたいですね。
 フェミニズムと企画との関係で言えば、ミヤマアキラさんが書いてくれている感想が少し残念。「映画への集中力を損なう要因が多すぎ」については全くその通りなので、申し訳なかったです。個別にはいろいろ話したいところもあるんだけど(後日、っていつ書けるんだろう…)、何が残念かというと、まさにフェミニストが苦労して創った場であるパフスペースにおいて「男子であること、胸があること」の上映ができ、FtM系の人達の自助と共感の場を創れたこと、つまりフェミニズム運動がFtMたちのために場所を提供できたことを、どうして素直に喜び誇りに思うことができなかったんだろうか、ということ。これはミヤマさんを非難しているのではなく、そういう風に素直に喜ぶだけの余裕がない状況に、ミヤマさんや東京のフェミたちが置かれている(それだけ状況が悪い)のではないか、ということを感じられ、ちょっと悲しく思いました。
 さて上映会に話を戻すと、これも上映後に個人的に、「上映後のトークが今ひとつだった」旨の意見をもらいました。1人くらいオペ済の人に出て話してもらってもよかったのに、と。これも、確かにその通りだったなと思います。
 似たような(と言うと怒られるかな)FtM系が多く集まる場と言うことで思い出すのは、5月末に参加したLIKE誌のオフ会。客層があんまりかぶっていないのが、印象的でした。
 私自身はアマアマで中産階級的な学生運動あがりの活動者なので、実はノリとしてはパフナイトのようなノリには親和性があります。今回のパフナイトも、「まずFtM系の人達が集まって、共感的に話をして盛り上がることができて、良かったじゃん。東京では、まずこれが第一歩!」というポジティブな総括にしてしまいがちなのですが、やっぱり甘いかなぁ。