ばらいろのウェブログ(その3)

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黒人大統領と在日朝鮮人と先住民


 アフリカ系(黒人)の大統領が米国に誕生することになったけど、それに関連して「米国における黒人奴隷差別の歴史」に言及する視点(認識枠組み)が、「そもそも、その米国自体が北米先住民への侵略によって成立している」ということを不可視化する傾向はないかしらん?ブラックパンサー(黒人の「過激派」)とAIM(アメリカン・インディアン・ムーブメント。先住民の組織)とが、今ひとつ仲がよくなかったこととも関係があるような。
 ある一つの正しいことを主張し表現することが、他の「正しいこと」を不可視化したり隠蔽に加担したりすることに「結果として」もならないような、そんな認識と表現を心がけたいと改めて思いました。


※類似の構造として、例えば、男性同性愛者が何の悪意もなく自分の思いを表現しやりたいことをしている時に、結果として「バイセクシュアル」を二級市民扱いしてしまうことがよくあるのと同じ。教訓としては「全く悪意が無くても他者への暴力を振るうことがある」ということと、「自分の少数派である部分だけを見るのではなく、多数派である部分にも常に注意を払う必要がある」ということ。


※※以上を踏まえた上で言うと、日本で在日朝鮮人の総理大臣が登場する可能性なんて皆無(そもそも投票権などの市民権すらまだ公然と剥奪されている!それどころか日本政府が率先して在日朝鮮人差別を実行している!)なのと比べると、確かに感慨深いとも言えるけれども。